幸せなキスをして終了 Ver.2

ダイアリーからブログに引っ越したつもり アニゲと音楽のこととか

世間と自分がタイムリーにつながった(気がした)経験の話

先日、米澤穂信著「さよなら妖精」を読んだ。

さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)

 

 青春&日常ミステリの雄、米澤穂信による初期代表作のひとつ、らしい。

アニオタには米澤と云えば「氷菓」だろうが、

この作品も元々は氷菓に連なる「古典部シリーズ」としてプロットされ、

出版社の事情などにより色々あって、再構成されて創元から出版されたそうで。

という訳でコレも

「青少年が自分に何かできるに違いない!

 と青い気持ちを抱いていたら、現実の重苦しい事実に打ちのめされる」

という素晴らしい後味の苦さで最高の作品だったな、という感じだった。

(米澤と云えば思春期の青少年いじめたいよ症候群なので仕方ないね)

 

主人公の街に、とある外国からやってきた少女がやってきて

ふとしたきっかけで友人となり、彼女の短い滞在の間に

日本の日常におけるちょっとした不思議を観察・推理する

「ほのぼの推理もの」みたいなテイストで始まる。

ニュースで名前しか聞いたことのない

外国「ユーゴスラヴィア」から彼女はやってきた。

日本で出来た友人たちとの2か月の賑やかな滞在を終えて、彼女は

「やらなければならないことがある」と祖国へ還っていく。

それはどんな目的の為だったのだろうか。

何より彼女は「どの国に」還ったのだろうか。

 

物語の時代は90年代初頭。

そうなのだ。

東欧が最も揺れていたあの時代に彼女は還って行ったのだ。

主人公たちは彼女が帰った1年後に、お互いの記憶や日記・記録を元に

彼女の足跡を辿る推理の旅を始める。

 

そんなあらすじなわけだが、僕自身もこの本を読むまでは

ユーゴスラヴィアのことなどニュースの中の存在でしかなかった。

少ない知識で知っていることと言えば、

「なにやら民族紛争で分裂した国家でもう存在しないこと」だとか

タクティクスオウガ劇中での戦争の元ネタになったこと」とか

「サッカー選手のストイコビッチの出身国だったこと」くらいのものだ。*1

 

それでも国名が記憶に強く残っていたのは、

ストイコビッチが99年頃にJリーグの試合で「私の国を攻撃するな!」と

ユニフォームに大きくメッセージを書いてアピールし、

当時そこそこ話題になっていたからだと思う。*2

 

しかし、この記憶を読みながら思い出して、

改めて自分がユーゴスラヴィアについて

知らない事が多いのだと気付かされた。

 

ストイコビッチがユニフォームに思いを吐き出したのが99年ごろ。

しかし、物語の中で東ヨーロッパが激動し始めたのは90年代初頭なのだ。

きっと、ユニフォームに書かれた言葉は、彼が長年に渡り積もりに積もった

故郷への気持ちの表れだったのだ。

サッカーの仕事で何度も母国に渡ることはあっただろうが、

普段生活している遠い東の島国で彼はどんな気持ちでいたのだろう。

 

そして、読書の間、物語の登場人物とはいえ

リアルタイムでその事件の「当事者」として語る少女の言葉、

そして日本に残り「傍観者」としてしかいられなかった

主人公たちの気持ちに思いきり感情移入してしまい、

終盤は涙こそ流さなかったものの、

文字通り震えながらページをめくることになってしまった。

 

あぁ~~~~~米澤穂信~~~~~~~~!!!!

ガキどもの精神を打ちのめすのは楽しいかよ~~~~~!!!!!*3

 

程よいミステリ成分も面白かったですし、

読後感も最高で、とても良い本でした。

青臭い主人公、クールを装っているけどシャイな人情家の友人女子、

そして天真爛漫ながら深層は冷徹なヒロインと、

登場人物も魅力があって良かったです。

クール女子「太刀洗万智」の終盤の台詞は本当に素晴らしかった。*4

そうそう、そういうのもっとちょうだい。

 

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さて、この本を読んだ次の日にネットに流れてきたのがこちらのルポ記事。

dailyportalz.jp

 

ユーゴスラヴィアは崩壊し、いくつもの国家に分裂した。

そして、何年も経った今は、こうして少しづつ新たな歩みを始めている。

しかし、そこには重苦しいほどの傷跡の数々が残っている。

元気に遊ぶ子どもの群れに、こちらも引きずられて嬉しくなる。でも「なぜ大人が少ないのか」を考えたとき、そこには瞑目せずには語れない背景がある。コソボ紛争が終わったのは、それほど昔のことではないのだ。 

 

「これ、頼んでませんけど」

私がそう言うと、ウェイターは「あちらのお客様からです」とほほえんだ。

振り返ると、日焼けした男の2人客がいた。

コソボに来てくれてありがとう」と、日焼けの濃い方が静かに言った。「子どもを連れてきてくれて、ありがとう」

 それでも、この人たちと子供たちはこの場所で生きていくのだろう。

作中のヒロイン「マーヤ・ヨヴァノヴィチ」が焦がれた故郷が、そこにあった。

 

物語の余韻に浸っていると、

急に現実からその世界を伝えてくれるレポートが届いてきて、

何というライブ感だろう!と、とても不思議な気持ちになった。

ほんのささやかな小説を読んでいても、

意外と外の世界とリンクするきっかけは存在するのだなぁ、

と思ったのだった。

 

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そんな感じで、米澤穂信ブームにちょっとだけ入っているのです。

「王とサーカス」「真実の10メートル手前」「折れた竜骨」ときて、

今は「インシテミル」を読んでいます。

 

「折れた竜骨」は土臭いファンタジーモノとして非常に楽しめたので、

こちらもかなりオススメです。おねショタもあるし。

 

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)

 
折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

 

 

*1:たぶん大多数の日本人はユーゴと言えばピクシーなんじゃないかなぁ

*2:参考URL : http://www.soccertalk.jp/content/1999/03/no260.html

*3:既読の米澤作品で「愚者のエンドロール」が一番好きなので、こういう感情になるのは願ったり叶ったり

*4:何年も経ってから「太刀洗万智シリーズ」を書き出す辺り、この作者こういうのがストライクなのか…